システムソリューション事業 2020.03.17

対人関係とチームワークに悩んだら、ブルーロックを読めばいい

サッカーマンガ「ブルーロック」がおもしろい!その2。
他人との向き合い方、チームでの成果の出し方についても学びが多い。①七つの習慣、②嫌われる勇気と並べて読んでみました。

こんにちは。すっかりのご無沙汰、デジタルクッキングマイスターの坂井です。本日は「人生の悩み事は全部マンガが解決してくれる」シリーズの影に隠れた、ブルーロック大好きシリーズの第二弾。「対人関係とチームワークに悩んだら、ブルーロックを読めばいい」です。よろしくお願いします。

前回はちょっと長くなりすぎたので、こう見えて(どう見えて)わたくしきちんと反省は次に活かすタイプでして、今回は短くまとめようと思います。

ちなみにまさに本日!!ブルーロック8巻の発売日です。本日はその内容も含めて書きます!ネタバレが嫌な人は、ぜひ8巻を買って、読んでから続きを読んで下さいませね!

さらにちなみに昨日の菅田将暉さんのオールナイトニッポンでもブルーロック触れられたらしい。毎週聞いてるやつだからなおうれしい!(まだ今週分は聞いてない)いやーブルーロック。来てますね!!

「個」と書いて「エゴ」と読ませる、そう、それがブルーロック。

ブルーロックのあらすじは、前回の記事を参考にしてもらうとして。

事業と人生に迷ったら、「ブルーロック」を読めばいい

あえてあんまり前回触れなかったんですが、ブルーロック全体を通した大きなテーマの一つが、「個」であります。個とかいてエゴと読ませる。そう、ブルーロックならね。そもそものこの漫画のオープニングも、「個」と「集」のジレンマを描くところから始まっています。

一話目はこちらから無料で読めたりします。

まあ詳細は読んでいただくとしつつ、あらすじだけ言うと…主人公さん、もともと所属していたチームでは圧倒的にうまかったんでしょうね、最初のシーンはかつての所属チームの試合のワンシーン。地方予選決勝、勝ったら全国!という試合。個人技で大チャンスを生み出して、シュート打てば一点!!というところで、右にはドフリーの味方。出すべきか?出さざるべきか?迷いながらも…

サッカーは、11人でやるスポーツだ

という心の声とともに、パスを出し、そしてその味方は見事にシュートを…外し、チームは敗北、大会は終了となります。主人公は当然、悔しがり、あの時の選択はそれでよかったのか…ともやもやしつつも、

チームプレーして負けたんだから、しゃあない

とつぶやきつつ、でもいや、あそこで自分で打ってたら…と、もやもやしつづける彼。そんなときに出会うのがブルーロックであり、エゴコーチだったわけです。

エゴコーチ曰く、ストライカー=エゴイスト

今やおなじみ、エゴコーチ。いやそう、名前からしてまずエゴなんですよ。名は体を表すじゃないですが、彼はエゴに関する名言も多く残しています。(死んだみたい)

曰く、

革命的なストライカーは皆!稀代のエゴイストなんだ。日本サッカーに足りないのはエゴだ。世界一のエゴイストでなければ、世界一のストライカーにはなれない

さらに曰く、

舞台はW杯決勝、8万人の大観衆、ラストプレー、全国民の期待。
優勝のかかったそんな局面で迷わず撃ち抜ける
そんなイカれたエゴイストだけ、この先に進め

ブルーロック1話の最後、それこそ「これからブルーロックを始めるぜ!」というときに高校生たちにかけた言葉です。強烈ですね。

強烈ですが…

???「エゴ言うたんはジャイキリが先やで!!」

私には声が聞こえます。誰かがそう言っている…そう、GIANT KILLING…。ブルーロックに優るとも劣らないサッカーマンガの大名作、GIANT KILLINGでも、まさに同じようなことが語られています。

例えば、前線まで味方が運んできたボールがあるとする。このボールはチームのものか…FWのものか。

(※ふつうはチームのボール、と答えるが)

エゴイストは違う。そいつをチームのボールと分かったうえで、自分のボールだと思い込める度胸がある。

エゴ、FWというキーワードも含めて、言ってることはほぼ同じです。

ちなみに、「エゴイズム」とは…

エゴイズム
=自分の利益を中心に考えて、他人の利益は考えない思考や行動の様式。利己主義。

なるほどすなわち、ここぞというときの「決定力」「決断力」には、少なからず「エゴ」が必要だと。ある種、「チームや集団を差し置いて「自分」という「個」を取る」ことが必要だと、この2つのサッカーマンガは言っているのかなと、思います。

事実、1話の主人公くんはそこでもやもやしていたわけですからね。ストライカーなら、あそこは打つべきだったと、エゴと達海猛は言ってるわけです。

これは非常に示唆的というか、テーマ性があって面白いですね。かつ、こう、集団のしがらみにとらわれがちな日本人にとって(偏見)エゴイズムが集団を切り裂いて成果を上げていく展開というのが、少なからず心躍る展開を演出している!のだろうなとも、思うわけです。

ただ。

ブルーロックで語られる「エゴ」は、単なる「利己主義」では断じてない

とはいえ単に、本来の意味であるところの「利己主義」としてのエゴイズム、すなわち「人のことを差し置いて自分さえよければいい!」みたいな、暴力的とも言える考え方を中心に描かれているならば、こんなにマンガとして魅力的に映るわけがありません。おそらくそこにはもう少し意義的で、示唆的で、共感を生む考え方が含まれているはずです。

それを考えるのにヒントになるのが、8巻で明確に否定された一つの「エゴ」。だなと思ってまして。

!注意!こっから8巻ネタバレ!

「俺のために動いてろ」というエゴは否定された

そう、バロウ!みんな大好きバロウ!かっこいいやつですね。圧倒的なフィジカルとミドルシュートを武器に、ワンマンプレーでゴールを量産できるスーパープレイヤーです。半面、決して味方にはパスを出さない。自分のゴールで勝つ、自分以外のゴールで勝つくらいなら負けたほうがマシという超自己中マン…それでも周りを従わせるだけの圧倒的な実力があったわけで、彼は自らこう言います。

「俺がキングだ」

ひゅーう。どこの窪塚ですかね?
窪塚は殿様じゃなくてキング牧師でしたが、このバロウさんは殿様キングです。

さて、そんな王様ですが、ついに8巻、舞台は3on3、組織プレーにてバロウさんは完封されてしまいます。それは同時に、「決して味方に頼らない」彼のスタイルを、完全に否定された、と解釈してよいかなと。「味方に頼らない、自分ひとりのゴールで勝つ」と言い続けてきた彼の「エゴ」は、本来の利己主義的でもありますし、ストライカーとしても一見とても正しいメンタリティのような気がしますが、物語内では完封、という形で明確に否定されます。なんとも、バロウファンには悲しい展開です。私も実はバロウが一番好きです。

他人を「コントロール」することはできない、という気づきからの

さあこのバロウが挫折した場面。実は主人公くんはチームメイトです。3on3という少人数ゲームで、味方の一人が完全にいう事聞かないキング様。しかも完封されてる。非常に厳しい状況です。

バロウを生かす、それがきっと勝利の鍵だ!」なんていかにも主人公らしいことを思いながら、王様キングに合わせるプレイを模索しつつ、「俺達に合わせてくれ、協調しなきゃ」と何度もバロウ説得を試みる主人公くん。しかしバロウは折れません。そりゃもう、折れないからこそキングなのです。

俺を支配(コントロール)できると思うな

うわーもうだめだー!!こいつほんとにやってらんない!と思ってしまいがちですが、ここであきらめないのが我らが主人公。ここでまたしてもジグソーヘッド発動!再度自分の考えを書き換えます。

バロウに合わせるプレーをすれば、答えてくれると思ってた
でもそれは、相手が変わるのを期待した、他人への支配だ

どれだけ他者の心をノックしたとしても、人は、他人を変えることはできない。
だからいつだって、自分が変わるしかない

と心でつぶやき、「バロウを変えることをすっぱり諦め」「自分の能力の使い方を変える」ことで状況を打開しようとします。つまりバロウにパスを回そうとするのではなく、あえてパスは回さずに、囮として動かすことで、自身のゴールに結びつける、という非常に高度な戦術を取り、見事チームを勝利に導きます。

ここで、主人公とバロウの語る「エゴ」と、それに基づいた行動、を、あえて違いを強調して書くと…

実際、「エゴ」的な部分はほぼ同じことを言っていますが、それが導く行動は正反対と言ってもいい感じです。やはり主人公のエゴと行動、の方が好意的に受け止めやすいというか、「すげえ!」って思わされますね。こういうところがさすがブルーロック、だなと!主人公がちゃんとかっこいい。

7つの習慣でいう「主体性」にも近いかな

と、いうところまで掘り下げると、思い出される本がありまして。

ビジネスマンのバイブル、と言っていいんですかね。人としての基本的な心構えというか、より良い生き方、自身と他人の関係の捉え方、みたいなのを教えてくれる本です。

依存から自立へ、自立から相互依存へ。という全体テーマの下で、「まずは周りに依存しない、主体的に行動できる人間になろう。そうして初めて、他人と正しく相互に助け合う関係を築くことができ、より大きな成功をつかむことができるよ!」という本です。

ここに出てくる「自立」とか「主体的」という言葉には、ブルーロック主人公の「エゴ」と通ずるものがありそうだなと、個人的には。

「主体的である」とは、「自身に責任を持つ」こと

主体性とは、自発的に率先して行動することだけを意味するのではない。人間として、自分の人生の責任を引き受けることも意味する。私達の行動は、周りの状況ではなく、自分自身の決定と選択の結果である。〜中略〜自分の行動に責任を持ち、状況や条件付けのせいにしない。

すなわち、主体的な人は「自分の行動とその結果は、すべて自分の責任だととらえる」ということかなと。また、「主体的」の反対語は「反応的」と書かれていて…。

反応的な人は、周りの物理的な環境に影響を受ける。(略)
社会的な環境にも左右される。人にちやほやされると気分がいい。自分をコントロールする力を他者に与えてしまっているのだ。

いますよねそんな人。っていうか、少なからず誰でもそういう側面はあるんだと思うんですが。環境に左右され、反応的・衝動的に行動を選択してしまうからこそ、「環境、外的要因のせいにしがち」なのが反応的な人と言えそうです。

主人公は間違いなく「主体的」。バロウは「自分の価値観に基づいて行動を選択する」という意味では主体的だと思いますが、「結果を他人のせいにする」という意味では反応的かなと?

もいっこあります。

「影響の輪」の領域に集中しなされ

名前の通り、「関心を向けること」の領域と、その中でも「自分が影響を与えられること」の領域をきちんと分けて考えてね、と書かれています。その上で、主体的な人は「影響の輪」の中のことに全力を注ぐのだとのこと。引用しますと。

反応的な人が労力をかけるのは影響の輪の外である。自分ではどうにもできない状況に関心が向く。こうした事柄ばかりに意識を集中していると、人のせいにする態度、反応的な言葉、被害者意識が強くなっていく。(略)ネガティブなエネルギーが増え、影響の輪が小さくなっていく

これは、明確に主人公くんとバロウさんが対比されますね。以下のような感じでしょうか。

チームの勝利のこと、将来的に強くなっていくことを考えると、どちらがベターな選択かは一目瞭然ですね。「いつだって自分でできることを探すんだよ」ってなことですね。それこそ「主体的」であるということだと。

で、そうした主体的な人間同士になって初めて、他人とのシナジー(同調増幅効果)を起こせる、とも書いてます。実際、主人公がバロウを利用してゴールをゲットした後は、バロウも自らのプレーを進化させることで、それにこたえていましたね。七つの習慣の後半、「相互依存」のパートでも、以下のようなことがいわれています。

まず相手を理解する努力なら、いつでもできる。これならば、あなたの力でどうにかできる。自分の影響の輪にエネルギーを注いでいれば、だんだんと他者を深く理解できるようになる

きっと主人公くんとバロウさんも、互いの理解を深めていくことでしょう。

「幸福」を追求するための「エゴイズム」

この話をすると、セットで語りたくなるのがこれ。

いつぞやのベストセラーですよね。悩みを抱える青年と、それに答える哲人(哲学者)の対話形式で書かれている本です。「アドラー心理学」をベースに、主に対人関係を中心とした「幸福」について論じられています。

これまたざっくりとは、「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と言い切り。
承認欲求を捨てる他者の課題を切り捨てることで対人関係の悩みから解放され、幸福になることができると、書かれてます。

著書内の哲人曰く、

自分は他人の期待を満たすために生きているのではない、と同時に、他人は自分の期待を満たすために生きているのではない、ということを自覚せねばなりません。

「自分は他人の期待を満たすために生きているのではない」というのはつまり、承認欲求を求めて他人のために生きるのは楽しくないよねーという話。それこそ悩みだらけになっちゃうよ。
「他人は自分の期待を満たすために生きているのではない」というのはつまり、他人の行動はコントロールできない「他者の課題」であり、他人が思った通りに動いてくれなくても怒ってはダメ、それが当然だよという話。そこは切り捨てよという話。

そのような、他人に縛られない「自由」を得たうえで、自らの意思で他者貢献を行い、満足感を得る。これこそが対人関係の中で幸せになる道だと、この哲人先生はおっしゃってます。

七つの習慣ともほぼ同じ、ブルーロックともほぼ同じ!と私は解釈してます。せっかくなので並べて書くと、こうかなあ…


七つの習慣は経営学から研究された、成功のための理論(?)。
嫌われる勇気は心理学から研究された、幸福のための理論。
ブルーロックはただただ面白さが詰め込まれたサッカーマンガ。

それらの道が重なるというのは、個人的にはとても面白いし、だからこそ示唆的だなと思ったりして、にやにやします。

まとめ

あれ…?結局前回より長くなってる…?

まあ、興味ある所だけ読んでください。(ここで言う)

でもそう、8巻で描かれたようなシーンって、形を変えて身の回りに結構ありますよね。あそこまで強烈なキャラがいるわけじゃなくても、なんであの人はああしてくれないんだっていうのは、そこかしこにあると思います。そういう悩みに対しての、ある種誰でもできるアプローチがきちんと描かれてるところが、ブルーロックのすごいとこだなって思うわけなんです。

なので、せっかくなので、こういうアプローチはいろんな本で語られてるんだよっていうことを紹介させてもらうことで、より理解を深めるきっかけになってもらえたらなと思いました!最後にもうちょっとだけ、似たような話かなって思うのをマンガから紹介させてもらうと…

我々の間には、チームプレーなどという都合のよい言い訳は存在せん。有るとすればスタンドプレーから生じる、チームワークだけだ。

あまりにも有名な、攻殻機動隊ですね。まあこのセリフは、アニメ版なんですけども。

公安9課という捜査チームの長が、自らのチームを評して言った言葉です。「チームプレー」は言い訳=他者への依存だと。各々が成果に責任を持つスタンドプレーが基本だと。その上でうまく連携しろよと。各々の主体性が非常に高い公安9課でこそ端的に語れる、とってもかっこいいチーム像です。

「俺が」チームを勝たせるんだよ。自分しかいないんだよ。他人が失敗したって関係ないよ、自分のパワーひとつでチームは勝利するんだから。
って、もしメンバー全員がそう思ったら、ものすごいパワーになる。それが真のチームワークじゃねーのかな。

ONEOUTSっていう、野球漫画です。終盤のシーンで、ペナントレースに勝つために必要なチームワークとは?って聞かれて、その答えがこれ。

スポーツマンガってことも含めて、言いたいことはブルーロックの「エゴイズム」、チーム像に非常に近いのかなと思ったりします。「全員がストライカー」っていう思想にもあってますしね。「全員が同じだけ、チームの勝利に責任を持ってる状態」と言い換えてもいいかもしれません。

最後に、最初に引用したGIANT KILLINGのセリフの続きを。

味方の想いを背負いきって、自分のためにプレーできるか
それがエゴイスティックなFWとしての決心だよ

エゴと言っても単純な「利己」じゃなくて、そこにはやっぱり「責任」があるんですよね。その上で、最終は、「自分のため」と思えるか。FWに限らず、何かをなそうとしてる人はこういうことなんだと思うなー。グリフィスとか。

はい、満足です。はい。いやー、漫画って、本当に、いいもんですね。
今回もありがとうございました。
さよなら、さよなら、さよなら。

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