SharingKyoto 事業 2019.08.22

【インタビュー】Vol.3 小久保 寧 さま(株式会社walks代表取締役)

このコーナーでは、私たちが京都やインバウンドで活躍されている方にインタビューして伺った内容をご紹介します!今回お話を伺ったのは、京都駅東にある期間限定の屋台村「崇仁新町」の運営をされている小久保 寧(こくぼ・やすし)さま。崇仁新町の設立や運営に当たっての思いや、小久保さまから見た京都の現状とこれからについて小久保さまから伺った内容を、ご紹介したいと思います!

<今回の話し手のプロフィール>

■ 小久保 寧(こくぼ・やすし)

青山学院大学卒。ヤフー株式会社で6年間働いてから独立し、起業。現在は、地域や企業がかかえる課題に対して企画提案・運営を行うプロデュース会社、株式会社walksの代表取締役を務める。京都駅にある期間限定の屋台村「崇仁新町」の設立に携わり、現在は一般社団法人渉成楽市洛座の事務局長として、崇仁新町の運営を行っている。

■ 崇仁新町

http://sujin-shinmachi.com/
「笑顔あふれるコミュニティスペース」をコンセプトとした京都駅東にある屋台村。同地への京都市立芸大移転に伴い、2020年夏まで期間限定でオープン。現役芸大生をプロジェクトメンバーに入れながら、THAT’S ALL RIGHT. INC.(アートディレクション)や, NUE(コンセプトプランニング)、エビスデザイン(エリア・イベントアドバイザー)argh.co(ブッキング)など、京都で活躍する面々でプロジェクトチームを構成し、プランニング、建築計画、オペレーション計画、PR・マーケティングなどを株式会社walksがトータルプロデュース。京都駅周辺の新しい観光名所として、日本人・外国人問わず毎日多くの人たちが訪れている。

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まずは小久保さんにこれまでの経歴や、この仕事を始められた経緯についてお伺いしました。

──まずは小久保さんご自身についてお聞かせください。これまでの経歴を教えていただけますか?

出身は千葉の船橋で、大学は東京の青山学院大学でした。大学は4年で卒業して、新卒でヤフー株式会社に入ってそこの事業戦略部で3年。自分でサービスマネージャーを1年して、残り2年は総合事業企画室という経営系の仕事をしていました。その6年間で300万円貯金をして、起業しました。

基本的にその会社は1人代理店みたいな感じで、映像とかウェブとか、トータルで色んなプロジェクトを作っていく仕事をしていました。その一環で、お手伝いした太陽と星空のLLPっていう団体があったんですけれども、その会社に自分も勉強がてら手伝わせてもらっていて。そこからイベントとか空間とかの方面に興味を持って、それが4年くらい続きましたね。

その中で、京都には何回か遊びに来てはいたのですが、縁あって、今回この崇仁新町のお話をいただいたので、自分でもやってみようということで、地域専門の会社を作りました。

──一番初めに立ち上げられた会社とは、別の会社を立ち上げられたということでしょうか?

そうですね。
一番初めの会社はソフト面が強いのですが、新しく作ったのは建築とかハード面が強い会社です。

──最初はヤフーに入られたということですが、次の仕事は一見全く違うように見えますね。ヤフーに入ろうと思われた理由は何でしたか?

そのときは、自分の選択肢を狭めたくないということが一番念頭にありました。スマートフォンもない時代で、色んな業種がこれからインターネットをやっていこうとしているタイミングだったので。そのインターネットの中でも最大手のところに入っておけば、色んな業種のことも学べるし、勉強もしながらお給料ももらえるということで最初は入りました。

実際に入ってみると、ヤフーは全部対実業の会社なんですよね。ヤフーオークションは中古業界ですし、ヤフーショッピングは物販のサービスマーケットですし、ヤフーニュースは新聞社なので。やればやるほど、リアルな業界のことを学ぶことが多いんです。そこでビジネスモデルを色々と見ていて、こうやってビジネスをやっていくんだな、っていうことを勉強できました。そこから、リアルなほうにどんどん興味が湧いていきましたね。

やっぱりインターネットはコピペの社会なので、すごい消費期限が本当に短いんです。すぐ飽きられてしまうっていうところがあるので、スピードが大事なんです。リアルのほうはスピードも大事なんですけれども、よりどう根付かせるか、どう地域に残していくか、残っていけるか、というところが大事なんですね。どうしても金額も大きくなってくるので。そういうところで、歴史に残していくような事業のほうに段々興味がうつっていきました。

──最初は広く学ぶところからスタートして、それから今のようなお仕事をされるようになったのですね。普段は小久保さんは、何か趣味としてされていることはありますか?

それはもうずっとキャンプですね。結婚する前は1人で年間40泊くらい、月2~3回くらいは行っていました。そのときは関東に住んでいたので、キャンプの場所としては関東近辺が多かったですけれども。特に富士山が好きなので、そのあたりは行っていましたね。

そのときは会社は独立していたので、どちらかというと仕事をするためにキャンプに行くっていう面もありました。1人しかいなくて、全部シャットダウンできるので。仕事道具を全部持って行って、モバイル電源も持って行って。好きな音楽をかけて好きな景色を見ながら、企画書を書いたりしていました。

──すごく素敵な仕事のスタイルですね。趣味はキャンプということですが、現在関心を持たれているものや取り組みはありますか?

「これ、なんぼ?」が合言葉になっている、大阪の「値札のないマーケット」ですね。そこでは買い手と売り手ですが、そんなふうに買い手と作り手とのコミュニケーションが生まれるような場所が作れたら面白いなと思います。今インターネットもSNSもあって、それぞれが発信して、自分たちで売れるようになってきている中で、面白い取り組みだと思います。

このマーケットみたいに、それぞれにとっての「価値」を考えることが好きで。たとえば同じ100円で、同じ機能のものがあっても、機能的なだけではどうしても勝てないんですよね。100円、90円、80円っていうふうに価格での競争になってしまうので、クリエイティブな部分ではなくて、機能的な面だけで勝負していくことは僕は難しいと感じています。

「これなんぼ?」もそうなんですけれども、やっぱりそこで買う意味とか、友達から勧められたから買うとか、関係性の中で生まれる消費が大事だと思います。そういうものは、「欲しいから買う」ではなくて、色んなストーリーがその背景に入るので。そのストーリーがないと人はものを大切にしないと思うんですよね。そういう意味で、ストーリーがある消費やそういう消費活動ができる空間は大事だと思います。大きい企業だったらコンプライアンス、CSRという取り組みだったりしますが。

──確かに最近は、ストーリーのある商品や消費の場が増えている気がしますね。

理念やビジョンがないところは、全部機能的になってしまいがちで、僕もそういうところで買うのは控えようかなって思いますね。むしろ多少高いものでも、作り手の方々のこだわりや世界観に共感して、買いたいなと思います。「同じものだったら、もっと安いところがあるよ」っていうふうになると、つまらなくなっちゃうので。

それよりも、「でもやっぱりここで食べるのが美味しいんだ」とか。釣り船で釣って、その場でさばいて食べるのが美味しいんだ、とかのほうが良いですよね。仮にそこで食べる魚が3,000円で、港では同じ魚が1,000円で売っていたとしても、やっぱり船の上で食べたいと思うんですよね。そういうふうに、自分がそこに関わるというか、ちゃんと主体的にモノを利用する、消費するというのはすごく興味がありますし、そういうことができるマーケットは好きですね。

自分がもの作りを始めると、その大変さとか裏が分かるから、そういうことをやっている人を応援したくなりますね。消費者ってどうしても得るだけになって、どういう過程があってモノが生まれてくるのか分からない状態になりますが。豚はスーパーから生まれてくるわけではなく、関わっている人たちがたくさんいるんだっていう過程も、やっぱり子供たち含めて知らないわけなので。1回でも主体的にもの作りをしたりしたことのある人は、周りが作っているものに対して、ちゃんと愛されてきた商品なのかどうか、自分がお金と時間を投資する価値があるものなのかっていうのは、より見えると思うんですよね。だから自分も、そういう取り組みがあると、見に行ったりします。

崇仁新町をはじめとして、様々なプロジェクトを手掛けられている小久保さんに、現在のお仕事内容や崇仁新町の運営についてお伺いしました。

──では、小久保さんの現在の仕事内容について、教えていただけますか?

基本は地域の空間プロデュース事業です。空間プロデュースと言うほどすごいものではないのですが、地域に求められているものをリサーチして、それがどういうふうに根付くかという企画をまとめて、その企画に事業性があるかという事業計画を含めてセットでやっています。そこが決まってからの施工も全部しています。

──どちらかというと行政に提案に行かれることが多いですか?

そうですね。
使っていない土地、「遊休地」って言うんですけど。課題がある土地とか使っていない土地が日本にもまだ結構あって、しかも都心からアクセスが良いところにそういう土地が多かったりもするので。そういったところをまずターゲットに企画提案しています。

でも、僕がやりたいことを提案しているというよりは、地域が持っている課題を今の時代に合った面白い形でどう提案できるか、というところでやっていくことが多いです。もともと飲食出身ではないけど、こういう屋台村をやったり、沖縄で観光向けに使っていないごみ屋敷をホテルにしたりとか。

もともと土地が持っている「言葉」みたいなものを、うまく聞き取れるかどうか、というのが最初の仕事ですね。あとは、事業計画でちゃんとビジネスが成り立つのかという計上をしながら、投資家さんとか一緒にやってくれているパートナー企業さんと一緒に作っていっています。

──この崇仁新町でされているような地域活性化の取り組みは、別の場所でもされていますか?

そうですね。
沖縄でも、6トンのごみ屋敷をホテルに変えたりとか。あとは新潟でやっている大地の芸術祭の一環で、ミシュランのシェフを呼んできて、廃校の校庭でアウトドアでダイニングをする空間を作ったりとかもやっていますね。

他にも色んなところからご相談をいただいていて、まだ実現はしていませんが、関西を拠点に複数プロジェクトを進めているところです。

──この崇仁新町は、このエリアに何か思い入れがあって始められた事業だったのでしょうか?

このエリアについての勉強も、もちろんしてはいるんですけれども。
その当時課題としてあったのが、まず若者がこのエリアに住んでいないということ、観光名所もないので観光客もいないこと、そして何よりも商業というかビジネスもほとんどないということで。僕ができるのはこの3つに対して、若者や海外の人を呼んできて、ここで商業が成り立つことを証明することだったんです。ここで外国の人向けにビジネスができるっていうことが明らかになると、この土地の注目度・活性度が上がってくると思っていて。それが僕の中のチャレンジでしたね。

ポジティブ面でのポテンシャルを直視してほしいと思っていました。立地もいいですし、地域の方々も優しい方々が多いので。地域の偏見について話し合うというよりは、楽しいことをやっていって、気付いたらイメージが変わっている、というほうがハッピーなんじゃないかなと、思っています。この地域だから、というのを目的にしたことはあまりなくて、結果的にそういう良い結果になっていれば、良いなと思います。

──崇仁新町を立ち上げられてもう1年半になりますが、運営されていて大変だったことはありますか?

大変なことしかないですね(笑)
地域目線で言えば、これまで無かったものが生まれることで、その関わり方や見方によって反応が厳しくなることもあります。そういう反応も受け止めて、より良い道を手探りで模索していく感じですね。

事業目線で言うと、各テナントの生活がかかっているので、ちゃんとしたビジネスとして成り立たないといけなくて。それをちゃんと補えるくらいの集客を常に心がけないといけないことが難しいです。こういう半屋外の施設なので、晴れたときは自然と気持ちよくて人が集まってくるけど、天気予報で大雨になると、お客様は3分の1くらいに減ってしまうし。毎日フェスをやっているようなものなので(笑)天候との戦いが一番大変ですね。

──以前テナントが入っていなかったあちらの店舗には、テナントさんが入ったんですね。

いえ、テナントが入らないので、入りたい方が出てくるまでは一旦僕のほうでお店を入れています。やはりお店は開いていたほうが売上が上がりますね。お店を一角でも閉じてしまうと、活気が生まれなくなって、人が座らなくなるので。開いていてくれたほうがいいんですよね。多分全国のシャッター街にも言えることなんですけど(笑)

空いているほうが、売上を分配するとか取るとかっていう話ではなくて、盛り上がっているっていうことが何より一番大事なので。空いているところは、なるべく間髪をあけずにお店を入れるようにしています。

──では、ここの運営をしていて良かったなと感じることは何ですか?

そうですね。
やはりこれをきっかけにこのエリアが変わっていく可能性について、お声をいただくことが多くて、この事業について京都のみなさんに見ていただいているというか、見守っていただいているのはすごく感じています。これが他のエリアだったら、そこまで話題にはならないんだろうなと思うんですけれども。京都にあるから、けっこう注目していただけているんだろうなと、すごく感じています。色んな人とも出会えますし、だから京都でやれて良かったなと思いますね。

──京都駅エリアにも新しいホテルが増えていますが、崇仁新町がオープンした当時に比べると、外国人の方は増えてきていますか?

そうですね。
この場所の一番良いところは、バスや観光名所に行くまでの通り道になっているというところで、当初からも海外の方々が「これ何だろう」って来てくれることが多かったです。当初テレビでもけっこう取り上げていただいていたので、観光客だけではなく地元の方にも来ていただいていて。それがだんだん落ち着いて、常に外国人の方が一定数といる形なので、割合としてはだんだん海外の方のほうが増えていますね。

──欧米の方が来られることが多いですか?

そうですね、やはり欧米の方が多いですね。中国や台湾の方は自国でこういうのをけっこう楽しめたりするので。やっぱり欧米の方のほうがこういう雰囲気は好きなんじゃないかと思いますね。

──崇仁新町の各店舗で、特に外国人向けにされていることはありますか?

基本的には店舗に任せているというのが結論なんですけれども。当初僕は、あまりインバウンド向けにしないほうが外国人のお客様に来てもらえるんじゃないかと思っていたこともあって。自分が海外に行ったときに、日本語のメニューで「いらっしゃいませ」って書いてあっても、観光場所なんだなと思うくらいで、もっと知りたいのはローカルな文化だったので。なるべく海外の方にも、「日本/アジアに来てるんだな」「面白いな」って思ってもらえるそういう空間作りができたらと思っています。

でも、テナントさんが英語対応してくれているので、自然とインバウンド対応にはなっていますね。中国メニューはないですが、一応ほぼ全店舗英語メニューはあります。

──現在は、外国人の割合は半分くらいですか?

4割から5割くらいですね。
日本の観光客の人も多いですし、あとは京都駅も近いので、新幹線に乗るまでの間、東京の方を案内するときに最後ここが使われることも多いですね。あとはサラリーマンの団体も多いです。やっぱり20人単位くらいで次飲みに行こうと思ったときに席予約をするのは面倒ですが、「あそこだったらだいたい空いてるだろう、席数的に大丈夫だろう」っていうことで来ていただけるので。そこはすごく利点ですね。

お通しもまったくないし、帰りたい人は自由に帰れるし。京都はクローズドな店が多いので、「こんなにオープンなお店は京都に今までなかったね」と言っていただいていますね。

──こういうオープンなお店では、お客様同士の交流が生まれやすいですよね。日本人と外国人の間で交流が生まれることもありますか?

かなりたくさんありますね。一番多いのはやっぱり焚火ですね、ここのメインでもあるので。自分のキャンプ好きから来ていることではあるんですけれども(笑)

──ここの運営をされる中で、崇仁新町に来店する外国人の特徴や、彼らのニーズなどについて、何か小久保さんの視点で気付いたことはありましたか?

そうですね。
外国人の方は一度来ると、もう毎日のように来られますね。僕たちもよくカウントダウンするんですけど(笑)外国人の方で「あと一週間日本にいるんだ」って言って、京都を拠点に動く人もけっこう多いです。大阪とか広島とか。毎回ホテルを京都に取っているから、京都に帰ってくるんですけど、絶対報告に来てくれるんです。

よく考えたら、本当に一日も来ない人はないですね。だから、ここがある意味その人たちにとって安心できる場所になっているのはいいなと、思いますね。やっぱり屋台は世界共通くらいオープンな場所なんだなとも思いますね。やっぱりどこに行ってもお店に入るのは怖かったり、地下に行くのは怖かったりしますが、屋台は全国安心して楽しめるので、それはすごくフィットしているなと思います。

──そういう意味で、崇仁新町は日本人にとっても外国人にとっても、オープンな場所ですね。

基本的にオープンなので、ターゲットがないんですよね。別に子供がだめとか、お年寄りはだめとかもありませんし。屋台っていうのは良い意味で路上に開かれている場所なので、それがメリットでもあり、デメリットでもあり・・・。そこが海外の方にも好まれているんだと、気付きますね。でも、それは特別「海外だから」ということではないんだと思います。

──ある種コミュニティの場になっていますよね。

そうですね。
コンセプトの「笑顔集まるコミュニティスペース」っていうのはちょっと恥ずかしくなるくらい、敢えてちょっとダサいんですけど(笑)でも昔の昭和の広告ってそういうふうにストレートなものが多くて、そういうのってかっこつけすぎなくて良いなと思ったんですよね。誰でも受け入れられるので。

だからただのフードホールとしての屋台村ではなくて、敢えて「笑顔集まるコミュニティスペース」として、新しいコミュニティ=町、つまり「新町」を作ることをコンセプトとして掲げています。お客様同士が仲良くなったり、テナント同士の仲が良かったり、普通の飲食店とは違うつながりがここの面白さではありますね。多分こんなにテナント同士が仲良く喋ったりしている商業施設って他にないと思うんですよね。みんなで飲みに行ったりとか。

──崇仁新町も、来年の夏までの運営になりますよね。それまでの残りの1年、どういうふうに運営していきたいですか?

そうですね、難しいですね。
やっぱり、今入っているテナントさんの仕事がなくなってしまうわけなので、個人的にはそれをつなげていきたいとは思っていますね。なるべく何かの形で残せたらいいな、と思います。崇仁新町の終わりっていうのはみんなにとっての次の始まりでもあるので、そこをサポートしていかないといけないなと、責任として感じています。何ができるか分からないですけれども。

だから、ここが終わったあと次テナントのみなさんがどうするか、何とかしないといけないな、というのは今考えていますね。最後にみなさんがどうなるか分かっていたら、楽しく終われるかなと思います。

──せっかく盛り上がってきた崇仁新町が終わってしまうのはもったいない気もしますが、次は京都市立芸術大学が移転してくるんですよね。

そうですね。ここからずっと鴨川までが大学の敷地になるので、すごく広いですね。コの字型になって、真ん中の部分は残されるんですけれども。だから、今のこの辺りの建物はなくなりますね。

──小久保さんはその後も、引き続き京都に残られる予定ですか?

そうですね、住みたいなと思いますね。空港がちょっと遠いというのはありますが、それ以外はやっぱりアクセスがすごく良いので。主要都市と言われているところにはだいたい3時間くらいでは行けるので。色々全国をまわりたいと思っている自分としては、拠点として魅力的な場所だと思います。

京都を拠点に観光に行くっていうのは、もしかしたら海外の人たちも同じ発想になるんじゃないかなと思いました。JAPAN RAIL PASSっていう外国人向けの新幹線のチケットもあるので。京都を拠点に東京に行く、大阪に行く、広島に行くっていうのができますよね。観光都市でありながら、ハブ都市としての機能は都だった昔からあるんだと思います。

「崇仁新町」を通じて京都駅東エリアの活性化に携わってこられた小久保さん。小久保さんから見た、京都の現在の姿と、これからのあり方についてお伺いしました。

──では、小久保さんから見て、京都の現状についてはどう思われますか?

1年半しかいないので(笑)分からないですが、やっぱり中心街は商業で、でも古くから暮らしている人たちも混在しているイメージで、その周辺に歴史的・文化的なものがあって、そこに観光客が観光に行くっていうスタイルの町なので。けっこううまく分かれているというか、ゾーニングできているなと、見ていて思います。

ただその代わり、中心街の風情は失われている気がしますね。良い建物は壊されて、景観条例にのっとった京都風な新築の建物はとても味気がないので。観光したい人たちが見たい風景や人間関係と、安心安全面とか近代的な部分のバランスの難しさが一番混沌と出ているのが京都だなと感じます。

歩いてすぐに鴨川の自然があって、歴史的な文化もあって、近代的な場所もあって。そういうものがぎゅっと詰まっているのは、旅行や観光をするにも、住むにも楽しい部分ではありますが。その分、そのバランスの難しさが目立ちますね。商業としては、そういう京都風な建物を作るほうが利益も出ますし、それも分かるので、ある意味の仕方なさはあるんですけれども。でも、平屋のほうが情緒があっていいなと思います。一概にはどちらが良いとは言えないですが、そういう葛藤が見られる都市だなと、感じますね。

ただ、一番みんなが見たいと思って来ている観光資源が失われていっている気もするので、それは一定のラインで守っていかないといけないと思いますね。今は「面白い」と感じるかもしれませんが、建物が全部「京風」な建物になってしまうと、あまり意味がないかなと。

──ではそのような現状を踏まえて、今後京都はどのような町になってほしいですか?

日本でも有数の観光都市で、世界の人に来たいと思ってもらえるような魅力的な都市である、というのはとても大切なことだと思います。ただその一方で、歴史的文化など変えてはいけない部分の継承がやっぱり大切だと感じます。観光だけではなくて、工芸など伝統的なものづくりに携わっている方が今後も活躍し続けられるといいなと思いますね。自分がどうこうできるわけではないですが、興味がある分野ではありますね。

──今たくさんの人が京都を訪れている中で、観光客向けのビジネスなど新しいものもたくさんできていますよね。

そうですね。
でも、なぜ人がそこに魅力を感じるのか、っていうことが大事なんですよね。そのことと、ホテルなどそれに付随するビジネスって全く違うものだと思うので。京都がなぜ魅力的な都市なのか、みんなが自分なりに解を持ってビジネスに臨んでくれたらいいんじゃないかなと思います。商業だけになって、思いや理念がないビジネスが増えてしまうとつまらない町になってしまうので。どこに行っても同じようなデザインのテナントが入っている、ということになると、そこに行かなくても楽しめるようになってしまうので。

だから、京都の魅力をみんながどういうふうに解釈をしてビジネスをしていくのか、ということには興味がありますね。僕は、それをここみたいにオープンな場所で見てみたいと思っていて、実験に近い感じでやっている部分もあります。

──観光客向けの形だけのビジネスではなく、しっかりした思いや理念のあるビジネスが増えて欲しいですね。

そうですね。
ただ一方で、唯一僕たちが作れないのは歴史です。新しいものは作れても、ずっと紡いできたものはどうやっても作れないので。それを壊すのは簡単なんですけど。古い建物に対するニーズがなくなってきているのかもしれませんが、そのニーズも一時的なものかもしれないですよね。誰かがその歴史をつないでいたら、30年後にそれが感謝される可能性もあると思いますし。歴史を残していくのはそれほど難しいことですが、残せるように支援はしていきたいなと思います。

僕たちが作るのはどうしても新しいものでしかないので、そこの葛藤もありますが・・・。京都らしいものを作るつもりはないけど、結果的にそれが「京都っぽいね」って言ってもらえたら面白いなと思います。デザインだけ京都風っていう表面的なものではなくて。見た目ではない違ったところで、京都らしいものを残せていけるといいなと思います。それを京都の人たちが受け入れて、評価して、世界的にも京都って面白いなって思ってもらえたら嬉しいです。

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今回のインタビューを通じて、崇仁新町の運営に関わる思いや、小久保さまが考えるこれからの京都のあり方について、お伺いしました。

近年の訪日外国人の急増を受けて、京都でも急激に訪日外国人向けのサービスやビジネスが増え始めるようになりましたが、一方で伝統的な景観や文化が失われ始めているのも事実です。その中で、京都の歴史や伝統をどのように残し伝えていくか、今後の京都の重要なテーマの一つになりそうです。

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